サン=テグジュペリ
星の王 子さまの謎に挑戦
読書
引用するテキストは岩波書店の内藤濯訳オリジナル版『星の王子さま』です。
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XXIV(24章)井戸探しの章
『星の王子さま』の中で最も感動的であり、私が最も好きな章である。
1.物語の要約
のどが渇いて死にそうな飛行士は、王子に促されてあてもなく井戸を探しに出かける。のどが渇いて死にそうであると主張した飛行士は、実は王子もこわれそうな疲れた身体で井戸を探しにむかっていることに気付く。夜通し歩きつづけた結果、夜が明ける頃、とうとう井戸を発見する。
2.この章から私が読みとったこと
①このぼっちゃん、どんなにあぶないことになっているか、わかっていないんだ。ひもじい思いをしたためしもないし、のどがかわいたためしもないんだ。ほんのちょっと、日の光がさしてくれば、それで満足してるんだ、と、ぼくは考えました。(P.107)
これはアメリカで『人間の土地』が大ベストセラーとなった影響力をもって、ともにナチスと戦うようアメリカ大統領に支援を求めるため、祖国フランスを離れたサン=テグジュペリの自己批判だと思う。
当時の状況は稲垣直樹著『サン=テグジュペリ』(P.142)に詳しく書かれている。要約すると次のとおり。
アメリカ行きの船がリスボンに着いてみると、街は、戦争と占領を逃れてヨーロッパじゅうから集まってきた人でごったがえしていた。また、無二の親友ギョメが戦闘に巻き込まれて地中海上空で消息を絶ったとの訃報が届く。後ろ髪を引かれる思いでアメリカにむかったサン=テグジュペリであったが、アメリカで裏切られた気持ちになる。アメリカ人にとってヨーロッパの出来事は対岸の火事でありどうでもよい事であった。また、ニューヨークには戦火を逃れてやってきた亡命フランス人がうようよ居た。
飛行士には最初、王子がヨーロッパのことに無関心なアメリカ人あるいは亡命フランス人のようにしか映らなかった。それは、サン=テグジュペリ自身がアメリカで感じたことと同じである。しかし、サン=テグジュペリ自身も祖国フランスで戦っている人やギョメと比べると、亡命フランス人と変わらないと自己批判をしたものだと思う。
②こんな果てしない砂漠の中で、いきあたりばったり井戸をさがすなんて、ばかげたことだと思ったからです。(P.108)
ヨーロッパでの出来事に関心のないアメリカ人や亡命フランス人には、サン=テグジュペリのアメリカでの工作は無力で馬鹿げたことに映っただろうし、本人にも迷いが生じたものと思う。
③「水は、心にもいいのかもしれないな・・・・・・・」(P.108)
水の有無は生きるか死ぬかの問題(P.14)である。飛行士は生きるか死ぬかという点で、水を肉体にとって無くてはならないものとしてとらえていた。しかし、王子は水は心にもいいものであると感じている。肉体と相対する心、すなわち精神にとっても重要であると考え始めている。
確かに、他国に亡命することにより生命の危険を避けることは出来る。その場合の水はあきんどが売る丸薬(P.105)で代用できる程度のものである。しかし、心にもいい水は、人々に義務を課し、行動を求めると同時に希望を与えるものである。この物語の主題は「責任、義務を果たすこと」であると私は考える。
④「砂漠が美しいのは、どこかに井戸をかくしているからだよ・・・・・・」(P.109)
「家でも星でも砂漠でも、その美しいところは、目に見えないのさ」(P.110)
一ばんたいせつなものは、目に見えないのだ・・・・・・・(P.110)
いきあたりばったり井戸を探す行為は、他人から見れば馬鹿げたものに映る。丸薬を飲めば容易に癒されるのどの渇きのために、苦労するのは馬鹿げていると考える人もいる。生きるために戦う人がいる一方で、逃げ出す事により生きながらえる人がいる。サン=テグジュペリの価値観は、ただそこに居ること、ただ生きていることではなく、志が重要であり、何をしようとしているかが重要なのであると覚悟したのだと思う。
人間であるということは、とりもなおさず責任を持つことである。
⑤ともし火は、大切にしましょう。(P.111)
一人一人の心に生じた決意を大切にする。
⑥こんなことを考えられながら歩いていくうちに、ぼくは夜が明けるころ、とうとう井戸を発見しました。(P.111)
井戸探しを馬鹿げた行為であると考えていた飛行士であったが、王子に導かれてついに井戸を発見した。自分のこころに生じた何か(責任あるいは義務かもしれない)を感じ、行動を起こせば結果は自然と手に入れることが証明された。サン=テグジュペリがすべての人に訴えたかったことである。また、自身、新たな行動をおこす決意をしたのではないか。
⑦更に、次章のXXVで述べられる井戸の様子は奇異である。サハラ砂漠にある井戸らしくない。
「へんだな、みんな用意してある。車も、つるべも、綱も・・・・・・」(P.112)
まさに、サン=テグジュペリが信じようとしたこと。すなわち、責任、義務を果たす事、行動する事により、必ず結果が待っているというメッセージである。行動する人へ希望を与えるものである。何よりの励ましである。